回送電車の男
電鉄会社で働く友人の話。
車掌として回送電車に乗っていると、隣の車輌に人影がありました。
それは黒いコートを着た男性でした。
この電車は途中の駅で回送に変わってしまうので、うっかり降り損ねる人がいます。
気付かずに乗りこんでしまうことも珍しくもありません。
そんなときは、声を掛けて次の駅で降りてもらうのだそうです。
ドアを開けて隣の車輌に移ると、さっきまでいた人が見当たりません。
男がいた席に忘れ物の傘が立てかけてありました。
― 車輌を移動したのか? ―
他の車輌を見て廻るのですが、誰もいませんでした。
― これを見間違えたのかもしれないな ―
と思い、その傘を持って次の駅で降りようとしたとき、黒いコートを着た男が駅のホームに立っていました。
「すいません、それわたしのです」
そう言われて、思わず傘を渡してしまいました。
― あれ?今の人は何でこんなところにいるんだ? ―
そう思い直して振り返ると、男の姿はどこにもありませんでした。
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