音声入力
ある日、宛先不明の手紙が団地の郵便受に紛れ込んでいました。
雨水が滲んで、名前も住所もまともに読めるような状態ではありませんでした。
下の名前だけが微かに読めました。
― ×××次郎 ―
それは明らかにわたし宛ではありませんでした。
とりあえずその郵便物は持って上がらず、郵便受の中に置いておくことにしました。
翌日、買い物に行く前に、スマホのメモアプリに買い物予定の物を、音声入力で書き込もうとしました。
「キャベツ、レタス・・・」
ところが、そこに出てくる文字はなぜか
― 関根さんに、関根さんに ―
「味噌、たまご・・・」と音声入力しようとしても
― 関根さんに、関根さんに ―
スマホの調子が悪いようです。
わたしは入力をあきらめて、買い物に出かけようと1階へ降りていきました。
エレベーターを降りると郵便受の前に、同じ棟のおばさんがいました。
わたしはあの郵便物のことを思い出し、郵便受から取り出しておばさんに見せました。
おばさんはしばらく考えて、
「別棟の人のじゃないの?」
棟番号を間違えて配達されることが、たまにあるのだそうです。
「わたしが持っていってあげる」
とおばさんはその郵便物を手に取ると、別棟へ歩いていきました。
かくして、宛先不明だった郵便物は無事本人のもとへ届けられたのですが、本当の配達先の苗字が『関根』でした。
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