日本人の祖先はいったいどこからやってきたのか?
この疑問に対する一つの答えとして、オカルト界隈などで語られているのが「日ユ同祖論」です。
今回は、この日ユ同祖論について紹介します!
日ユ同祖論とは、「日本人とユダヤ人は、もともと同じ祖先を持つ民族なのではないか」とする説の総称です。
なかでも有名なのが、古代イスラエルの「失われた十氏族」の一部が日本へ渡り、日本人の祖先になったとする説です。
この説では、日本の神話や祭礼、言葉、習慣などの中に、古代イスラエルとの共通点があるとされています。また、日本の皇室とユダヤ人とのつながりを指摘する説も存在しています。
失われた十氏族とは?
日ユ同祖論を知ってもらうには、まず古代イスラエルの「失われた十氏族」の説明からしなければなりません。
古代イスラエルとは、現在のイスラエル周辺に存在した古代の王国・地域のことです。
聖書の伝承では、イスラエルの民は12の部族に分かれて暮らしていたとされ、紀元前10世紀ごろに王国が誕生しました。
王国ができるまでは、とてもながい間国を持たず遊牧して暮らしていたそうです。狭い日本では定住しない暮らしってあんまりピントこないですね。土地全部が公共のものって感じだったのかな?
その後、王国は10氏族が治める北の「イスラエル王国」と、2氏族が治める南の「ユダ王国」に分裂しました。
北イスラエル王国は紀元前8世紀、紀元前721年ごろにアッシリアによって滅ぼされ、このとき多くの住民が各地へ連行されたことにより、10氏族も行方が分からなくなった。という伝承が生まれました。
これが、のちに「失われた10氏族」と呼ばれる話に繋がります。
南のユダ王国はその後も存続しましたが、紀元前6世紀ごろに新バビロニアによって滅ぼされています。
このように、イスラエルの民は王国の滅亡や移住などを経ながら各地へ広がっていきました。
そして、行方が分からなくなった10氏族の内どれかが日本へたどり着いたのではないか?というのが「日ユ同祖論」というわけです。
紀元前8世紀の日本は、縄文時代の終わりから弥生時代の始まりへ移っているところです。
まだ「日本」という統一国家は生まれていません。初代天皇である神武天皇が即位したのは紀元前660年らしいですから、ギリギリ天皇という存在もいない頃です。
日ユ同祖論の根拠とは?
ここからようやく本題です!日ユ同祖論の根拠とされている、日本とユダヤの共通点や天皇との関係について見ていきましょう!
・天皇誕生の時系列
先ほどはギリギリ天皇は存在していないと言いましたが、古代イスラエル王国がアッシリアに滅ぼされたのが紀元前772~721年。初代天皇が即位したとされているのが紀元前660年。たった60年ほどの差なのです。
60年間移動して、最東端の国日本へたどりつき、もう移動する先がないから最終的に日本へ定住した。定住先で天皇一族となった。という説もありえてしまうのではないでしょうか?
この説の根拠となるのは、日本神話にある国譲りです。
国譲りでは、地上の世界である葦原を治めていた大国主神(おおくにぬしのかみ) から、高天原のニニギノミコトへ支配権が譲られます。ニニギノミコトは初代天皇の祖先にあたります。
天皇の正当性や権威を示すなら、最初から葦原を天皇の祖先が創った。という神話にすればいいのに、後から来た高天原の神が「自分の御子が治めるべき国」 と主張して、それまで治めていた大国主神から支配権を譲ってもらった。とわざわざ書かれています。
これは、政権交代があったことを表しているのではないでしょうか?
高天原がどこにあったかについては諸説あります。
その中の一つに、「高天原」はイスラエルにあった説があります。
つまり、高天原(古代イスラエル)から来たニニギノミコトへ、葦原(日本)の支配権が譲られた。と解釈することもできます。
高天原=古代イスラエルだったという直接的な根拠はありません。
しかし、皇室とユダヤの間にあるとされる他の類似点と合わせて考えると、ありえないとは言い切れない説になります。
・天皇家の紋章
天皇家の紋章といえば、菊家紋があります。
天皇家の紋章や、パスポート、日本の主要な公的機関に使われており、日本の代表的な植物紋です。
特に、16枚の花弁がある「十六葉八重表菊」は皇室の紋として定着しています。
この16枚の花弁と似た菊の紋章が、イスラエルの首都エルサレムの中心にある、エルサレム神殿の城壁、ヘロデ門の上部にも刻まれています。
菊家紋のほかにも天皇家の紋章として、獅子(ライオン)と一角獣(ユニコーン)があったとされており、獅子はユダ族の紋章・一角獣は北イスラエル王国の王族であるヨセフ族の紋章です。
南北に分かれたユダ王国とイスラエル王国を思い出しますね。
現在でも天皇の即位に用いられる高御座の台座と、京都御所清涼殿昼御座奥の御帳台(天皇の椅子)の前左右には、頭頂に長い一角を持つ狛犬と角のないものが置かれているそうです。
ユダヤ系大財閥であるロスチャイルド家も同様のライオンとユニコーンの紋章を持っています。建物の入り口などに二匹の獅子が置かれる例は世界各地にあり、これは古代イスラエル神殿(ソロモン神殿)の王座の横の二匹の獅子に由来するといわれています。
・神道とユダヤ教の共通点。
イスラエルの国旗にも入っている六芒星(ダビデ王の紋章)と、 天照大御神を祀る伊勢神宮の内の石灯眥に、ダビデの星と同じ正三角形を組み合わせた六芒星が刻まれていることが指摘されています。
神輿とアーク(契約の箱)の類似点も根拠にあげられています。
・棒2本を箱に通して複数人で担ぐ構造
・金で覆われていて神輿の上には鳳凰鳥が作られており、大きく羽を広げている。
・鐘や太鼓をならして騒ぎ立てる。
が同じ点です。
他には、大化の改新による政治改革には、ユダヤ教の聖典「トーラー」に書かれた律法と似ている箇所があると指摘されています。
大化の改新とは、7世紀半ばの日本で行われた政治改革です。
この改革によって、これまで各地の豪族がバラバラに統治していたものが、天皇へ権力が集中し、天皇中心の政治に変わりました。
大化の改新にある
・「男奴隷と女奴隷の間に生まれた子は女奴隷側のものとする」
・「土地の分配を家族の人数に応じて行うこと」
・親族の死についての断髪等の禁止
・借り物に関して賠償すべき場合を限定した定め
がユダヤ教と同じ内容だそうです。
・前方後円墳とマナの壺
仁徳天皇陵(大仙陵古墳)が契約の箱に収められていたユダヤ三種の神器の一つであるマナの壷を形取ったものではないかとも言われています。
マナの壺とは、旧約聖書の出エジプト記に登場する、荒野を旅するイスラエルの民のために、神が天から降らせた奇跡のパン「マナ」を後世に伝えるため、アロンが金色の壺に入れて契約の箱の中に納めたとされる聖遺物のことです。
仁徳天皇陵では誰が被葬者なのかは分かっていないそうですが、死後、後世に残したいと思ってマナの壺を模ったと言われれば、納得できますね。
まとめ
今回は、日ユ同祖論の根拠とされる、古代イスラエルと日本の共通点をいくつか取り上げました!実はまだまだ共通点はありますが、多くなりすぎるので今回はここまで。
「古代イスラエル+日本の古事記以前」の空白を掛け合わせた、これが本当だったらすごいぞ!という、壮大なロマンを感じさせる陰謀論です。
否定的な意見では、日本の文化の始まりには、他の文明も混ざっていて古代イスラエルとの共通点はその中の一部でしかない。との声もありますが、遠い国とのつながりを感じさせる、わかりやすい共通点として支持されているのでしょうね。
本当にたくさんの共通点や否定的な意見があり、よく議論されている話題です。
気になった方は調べてみてくださいね。