8月も終わり、そろそろ山菜取りや登山に行かれる方も多いのではないでしょうか。
海、山、川などの、自然の脅威に人間が立ち向かうというのは危険が隣り合わせであり、常に生と死が隣り合わせだということを今回は紹介していこうと思います。
オカルト的な意味では、SOS遭難事件が有名ですね。この画像のものです。

このサイトを見ている方の中には怖い事故や事件も一通りご存じの方も多いと思うので簡単に概要を説明します。
SOS遭難事件というのは、北海道の大雪山系・旭岳で、倒木を並べて作られた巨大な「SOS」の文字と人骨が発見された謎多き山岳遭難事件です。
行方不明になった登山者2名を捜索していた北海道警のヘリコプターが、倒木を積み上げて作られた巨大な「SOS」の文字(一辺約5メートル)を発見し、登山者2名がこの「SOS」文字から数キロ離れた場所で無事に救助されました。
ここまでは、よかったねで済む話なのですが、救助された2人に聞くと「あのSOSは自分たちが作ったものではない」と証言しました。
ということは他にも遭難者がいる!ということで警察がその「SOS」周辺を再調査したところ、男性の人骨とテープレコーダーとカセットテープ、歯(男性のもの)などが発見されました。カセットテープには、男性の声で「たーすーけーてーくれー」「崖の上で身動きが取れず、足の下まで来ている」といった切実な救助を求める肉声が録音されていました。
この肉声、動画サイト等で視聴できるのですがなんとも言えない恐怖が襲ってくるものなので閲覧注意です。
SOS男性の身元は一応特定されてはいるのですが、テープの声は「崖の上」を伝えていたのにSOS文字が描かれていたのは平坦な湿地帯であったりの矛盾点もあり、怪我をしている状況でどうやって文字を作ったんだとか多くの不可解な点が残る奇妙な事件として語り継がれています。
今回は敢えて、あまりオカルト的な場所では語られていない【谷川岳】について。
群馬県と新潟県の県境に位置する谷川岳は、遭難死者数805名という多さからギネス記録として認定されているので、数えきれないほどの壮絶な遭難記録があります。
なので比較的分かりやすい1つの事故をピックアップして紹介します。
1967年1月1日、群馬県の山岳会メンバーが1泊2日の谷川岳登山を計画。
3つのグループに分かれて別ルートで登山を開始しましたが、雪が降り始めたため2つのグループは山を撤退しました。
ですが、健脚揃いで登山慣れしている残り1つのグループの3名のみが登山を続行します。
ここが運命の分かれ道ですね…
登り続けたはいいものの、コースの途中で吹雪によりテントで野宿することに。
この辺りからもう不穏な空気がいっぱいです。
この3名は、十分な装備も登山技術も体力もあるメンバーだったため、その実力からの自信過剰がこの後に起こる悲劇の引き金になるのです…
翌日の1月2日、吹雪は止み3名はまた頂上を目指して登山を始めるのですがまたまた吹雪。
一寸先も見えないほどの視界不良となり、再びテントで野宿という選択を取ります。
この辺りで、先に下山していたグループの仲間が戻らない3名を心配し救助要請を出しますが、丸3日間猛吹雪のため救助隊も山に近づくことすらできませんでした。
そして1月6日(登山開始から5日後)吹雪が収まり、ようやく3名は「今下山するしかない」と下山を始めるのですが下山途中メンバーの1人が体調不良を訴え動くことが不可能な状態になります。
仲間を置いていくわけにいかないので再びテントを設営してテントの中で助けを待ちます。
と、その時下の方から救助隊の声が聞こえてきます。まだ体力の残っている2人は「助けてくれ!!」と必死に叫びますが…
それを聞いた救助隊員は「谷川岳は広いし山の上から声が聞こえる訳がない、空耳だ」と勘違いしてしまうのです(この時点で怖すぎる…)
そして1月7日(登山開始から6日)救助隊が3名の位置を特定し、上からと下からの二手に分かれて挟みうちのような形で救助に向かい上からの救助隊が3名を発見します!!
しかし、、
その「3名発見!」の報告がなんらかの伝達ミスにより「救助完了!」と伝わってしまい(本当に何故?)下からの救助隊が「救助完了なら帰るか!」と撤退してしまいます。どういう伝達をすればこんなミスに?とも思うのですが…
上からの救助隊もなんとか救出を試みたのですが、3名まであと200メートルの所で巨大な雪庇に阻まれ進めなくなっていたのです。
200メートル先からは「明日まで持たない、助けて、なんとかしてくれ!頼む!」と悲痛な叫び声が響いていたのですが雪庇でどうにもこうにもならず、泣き叫ぶ3名の声を背にし撤退します。
そして天候はまた吹雪に変わり1月9日(登山開始から8日後)3名のうち最初に体調不良を訴えた1名が死亡します。
その翌日地響きとともに雪崩が発生し、救助隊員が眠る避難小屋とテントを襲うのです。
雪崩に巻き込まれた救助隊員5名がここで亡くなります。
1月11日(登山開始から10日後)、報道ヘリが偶然、遭難していた3名(1人死亡)を発見し無事救助されたということなのですが、救助された方はのちに「自信過剰で沢山の方の命を奪ってしまった」と後悔を語ったそうです。
うーん、選択ミスが重なりに重なったという印象ですがどれだけ体力や経験に自信があっても自然の力を舐めてはいけないという教訓として受け継いでいくしかないです。
私自身、幼い頃から極度の怖がりと心配性で歩行者信号が青でも左右確認をしてから渡るほどの子どもだったので周りの子供達から「ビビりすぎ〜うぇ〜い」と揶揄われたこともあるのですが全然恥ずかしいとも思いませんね。
私が長年住んでいた地域が田舎で、野焼き等があったのですがその野焼きの火が民家に火が燃え移り…というのを目の前で3回目撃しました。
しかも一昨年の夏に一気に3回という…
更に怖いのが私が住んでいたアパートの前後の民家と隣の民家の3件という。
一軒はもう、うちにも燃え移るんじゃないか!?という勢いで燃えていたので、なんの力もない引きこもり小太り中年の私ですら家から飛び出して消火に参加したのですが指を咥えてアタフタするぐらいしか出来ませんでした。
記憶に残っているのは火が迫る民家2階のベランダで逃げ場がなく右往左往するおじさんの姿と、消火水槽の中で泳ぐ金魚の姿です。
夏祭りが複数開催された後だったので、誰かが金魚すくいで取った金魚を消火水槽に放ったのでしょう。
消防団の方の「なんで消火のホースに金魚が入っているんだ!!」という怒鳴り声がしていたので、「あ、それこの間の祭りの金魚すくいのやつっすよ」と言いたくなりましたが、消防団の方が聞きたいのはそれじゃないのは明白なので。
火と水(自然)は、お化けなんかよりもはるかに恐ろしい。ということで、これを読んでいる皆さまがこの様な不幸に巻き込まれないことを願っています。