幽霊の気持ち考察〜番町皿屋敷お菊編〜

幽霊が存在するのかという疑問はきっと誰しもが考えた事があると思いますが、私の導き出した答えはNOです。

と、言い切りましたが、

存在することを証明できても、存在しないということを証明するすることは限りなく不可能に近いらしいのです。

例えば、金縛りは脳が起きていて体は眠っているだとか、首なしライダーの幽霊の目撃情報が多いのは昔のバイクのヘルメットが首まである真っ黒の物が多くそれが首なしライダーに見えていただとか。

心霊写真に写るオーブや、夜のお墓から火の玉が…なんて物も、地中から噴き出したガスが空気中で揺らめきながら飛んでいるように見えたり、微弱な電気エネルギーが空気中の分子に結びつき、発光体にみえるなど、大体のことは証明されていたりするのです。

が、繰り返しになりますが存在しないということを証明する方法はいくら考えてもないんですよね。

だって無いものはないですからね…

無いものをだせ!と言われても「えぇ…(困惑)」ですもん。

だから冒頭ではNOと言い切ったものの、

「お化けというものが存在してほしい」というのが個人的な想いです。

私個人の趣味で、行けば必ず呪われるとか幽霊の目撃情報が多発している心霊スポットにはもう数えきれないほど行きました。

「怖い」という感情もあるし「言葉にできないけど気持ち悪い」というのを感じる場所も多々あります。

それに、誰も近くにいないのに確かに耳元で声が聞こえた経験もあります。

ただ、それって私が聞こえた気がするだけで事実に基づいた証拠の提示はできないので証明の仕様がないですからね…

なんか、恋人同士の

女性「私のこと本当に愛してくれてるの!?」

男性「してるよ!」

女性「嘘だ!じゃあ本当に愛してるか証明してよ!」

男性「ど、どうやって…?」

みたいなものと似ているような気さえしてきます。

目に見えないもの(感情、幽霊、その他諸々)を証明出来る日が来て欲しい気持ちと、今までついてきたしょうもない嘘がバレると困るな…というアンビバレントな気持ちを抱えています。

ですが、もし自分が寿命を終えた時に幽霊になりたいか?と問われるとイエスと答える人はかなり少数派だと思うんです。

少なくとも私は真っ暗なダムだとかトンネルだとかそんなとこに誰にも気付かれることなく佇むのは嫌です。なぜなら墓石の中でゴロゴロ寝てたいからです。

ですがそれは今の私個人の意見ですから、一旦私が相当この世に未練があって幽霊になる選択をとったと仮定しましょう。

一応今まで亡くなられた人間の数は1000億人といわれています。

動物も含めると1不可思議とかもう効いたことないような単位になります。

その中で、相当な未練や恨みがあって幽霊となって彷徨う選択をした人(もう動物に関してはややこしすぎるので一旦考えないものとします)が、

1割だとしても100億人いることになります。

今の地球の人口は約83億人らしいですから生きている人よりも幽霊の方が多い…

というか幽霊で街中が密集してそうな具合です。とりあえず1人につき1人の幽霊と暮らしているor行動を共にしているorどこかの心霊スポットにパンパンのギッチギチに幽霊が詰まっていることになります。

そう考えたら、もう怖いとかよりも大丈夫?って幽霊サイドのことを心配してしまいますよね。

少なく見積もっても100億人の幽霊たちが、各々落ち着ける場所はあるのかとか、気の弱い幽霊は気の強い幽霊に何か色々佇みたい場所を譲ってしまっているんじゃないのかとか…

現実的に考えると、「幽霊でいられる期間は5年だよ〜」とかいう取り決めを閻魔大王様とか門番みたいな人がやってないと幽霊界も成立できないような気がします。

そうなるとまた、死後の世界は存在するのか、死後世界の受付とか案内係は一体誰がやっているのかとか、幽霊になるための申請書とかはあるのかとか気になって仕方ないですよね。

そして死して尚、幽霊希望申請書(仮)の受付窓口で働いたり、汗水垂らして案内役をやったりする人はどういう基準で選ばれてしまうのか…

漫画で、実写化もされている「死役所」という作品ではその辺が詳しく描かれているのですがネタバレになるのでここでは一旦伏せるとしても、

もう「幽霊はいない!しかし無いことを証明することは不可能!」ということでこれにて閉廷した方がよさそうです。

個人的な意見を書き残すと「居てほしい」あわよくば見てみたい、インタビューしてコラムも書きたいです。

月に1、2回ほどオカルト好きサークルみたいな集まりで、所謂心霊スポットやゼロ磁場等に行っているので、もし幽霊へのインタビューに成功したあかつきには必ずここに記事を書きます。

ですがこの記事の中で何度も「幽霊はいない!」と断言してしまっているのであまり期待はしないでいただきたいです。

そして万が一、幽霊インタビューに成功して記事を上げられたとしても、「いや幽霊いないってあんなに書いてたじゃん…」と呆れられそうなのでどちらにせよ私の信用度がダダ下がりしそうでそれが幽霊よりも怖かったりします。

そして話は少し変わりますが、番町皿屋敷の怪談はきっと誰しもが聞いたことがあるんじゃないのかな〜と思います。

軽くあらすじを説明すると、旗本(分かりやすくいうとまぁまぁ偉い身分の人)の青山播磨(あおやま はりま)と腰元(今でいう家事代行の雇われてる人的な)のお菊(おきく)は、身分違いながらも深く愛し合う相思相愛の仲でした。

播磨の親類は、青山家の家督を守るために大名の娘との政略結婚を強引に進めようとします。それを知ったお菊は、播磨の愛を試すため、青山家に代々伝わる高麗焼の十枚組の皿のうち、一枚をわざと割ってしまいます。

武家社会の掟では、家宝を損なえばお菊は処刑される運命でした。最初は「そんなはずはない」と取り合わなかった播磨でしたが、お菊がわざと皿を割ったことを白状すると、「自分への純情を疑われたこと」への激しい怒りと恥ずかしさから、自暴自棄になってお菊を斬殺し、屋敷の井戸に投げ捨ててしまいます

その後、屋敷の井戸からは毎夜毎夜恐ろしい顔になったお菊の幽霊が現れ、「いちまーい、にまーい…」と恨めしそうに皿の枚数を数える声が響き渡るようになった、という怪談の定番へと続いていきます。

うーん、番町皿屋敷ってリメイクして話を改変されてたりするんですかね…

私が知っている方の番町皿屋敷のお菊は、無実の罪を押し付けられ無念の最期を遂げ、死して尚もその真面目さからお皿を数え続けている。みたいな話だったような…

もし自分がお菊の立場だったら、どちらにせよ皿が9枚しかないことは分かっているので毎晩井戸で数えはしないなぁと思うんです。

あと高麗焼きの皿がどんなものかを調べてみたのですがぱっと見で「あれ、少ねぇな?」って分かる感じでした。

なので一枚ずつ敢えて数えているとしたらそれはもう完全に怖がらせにいってるな…お菊も結構やるな…と。

とはいえ私が知っている方の番町皿屋敷のお菊は、真面目でよく働きとても仕事のできる少女という風に書かれていたので、それならまぁ死して尚井戸で数え続けるのも分からんでもないのですが、真面目で仕事のできるお菊ならとりあえず屋敷を回って残りの一枚の皿を探し回って見つけてきそうなんですよね。

仕事ができて信頼を集めていたお菊という人物像の方を本当だと仮定したら、井戸で永遠に9枚目まで数えて「一枚足りない…」と呟いてまた1から数え直すのはお菊的にも効率が悪いなって分かるはず。

そして先程あらすじを説明した方の、

「青山播磨くんの愛を確かめたい!家宝の皿を割ってもそれでもウチのこと好きでいてくれるよね?!ね!?」みたいなちょっと重いタイプのお菊が本当のお菊だと仮定すると、

それでも辻褄というか井戸で数え続ける真意が謎なんですよね…

愛重ため系彼女のお菊だとしたら、迷わず青山さんの枕元にでて「ねぇなんで?」ってシクシク泣き続けるとか「割ってごめんだけどひどいじゃん…」みたいな出方をしそうなんですけどね。

因みにもしも私がお菊さんだったら。

「1枚…2枚…おい青山!!!どこやボケ!」って毎夜毎夜追いかけ回すと思います。

普段幽霊の気持ちになることってなかなかないのでこの考察も続けていきたいですね…

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